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INTERVIEW:ウチダクミコ(the Floppy-Pinkies)


今回からはアンダーグラウンドシーンのステージに立ち続ける者たちのリアルな半生について聞いていきます!

いずれまとめてZINEにするぞ!と気合を入れてお呼びしたゲストはthe Floppy-Pinkiesギターボーカルのウチダクミコちゃん。
英語詞を乗せた軽快なメロディーとギターアンプから吹いてくる西海岸の風が最高に気持ち良いライブ、豪快な酒の飲みっぷりでライブハウスを盛り上げまくる姿がカッコ良い女の生き様に迫る!!


バンド活動の始まりからthe Floppy-Pinkies結成まで


中学の時に先輩が文化祭でTHE BLUE HEARTSのコピーバンドをやっていて、それを見てカッコいいな、私もやりたいなと思って親に「ギターを買ってください」って言って買ってもらったのが最初です。その時に同じように思っていた子が何人かいたから同じ学年でバンドを組みました。それが最初のバンド。イリーガルってバンド名なんですけどスペルが所謂イリーガルと違ってIllygirlって書いてイリーガルみたいな感じにして。最初はコピーやってたけどオリジナルも半分くらいはやってました。そのバンドは中学から高校までずっとやってた。そのバンドのメンバーが別々の大学に行って、みんな軽音サークルに入ったんですよね。そうすると、それぞれサークルのライブとか活動があるから全然予定が合わなくなっちゃって、続けるの難しいね~って言って大学1年の時に止めました。そこから自分のオリジナルのバンドは数年はやってなくて、大学サークルの中でバンドはやっていたんだけど。そろそろオリジナルのバンドやりたいなと思って、大学3年の時に趣味が合う子がいたから、その子に簡単なデモテープを渡して「こういうバンドやりたいんだけど、やらない?」みたいな。それがthe Floppy-Pinkiesの元なんですけど。それでその子がやるって言ってくれたから始めた。その子はベース。ドラムはメンバーじゃないけどサークルの同じ学年で気の合う子がいたからヘルプで叩いてよって頼んで。最初は武蔵境STATTOにデモテープ持って行って。当時、実家から比較的近くて。あと先輩がそこでライブやってたから。





就職活動について


バンドを続けられそうなところに就職しようって思ってた。ここに勤めたらバンド活動出来ないなみたいなところは端から…。時間が持てないっていうことと、外見の部分を気にしたくないとかあって…そういうことをあんまり気になくて良い自由な職場。その2つが叶えられると良いなと思って。バイトで良いじゃんって思ってた時期もあって…でもよく考えるとバイトするよりも、そういうのを許してくれるところで正社員になった方が沢山お金もらえるかなぁ…みたいな感じで、そういうところを狙い撃ちで就職活動した。結局私IT系のところに就職してるんですけど、しかも大きくない会社で。当時、多分そういうところに就職しようって思う人がすごく少なかったから結構上手くやれた。ホリエモンが知られてきたくらいの時代。私はインターネットにすごく興味があっからそこに入ったって感じ。


社会人になって


1社目の時はバンドやってて…でも実はやってない時期もあるんです。2社目に転職した時とかはしてなくて…すげぇお金が無かったんですよ。単純に収入が少なかったってだけなんですけど。その時はそれでもなんとか暮らしてはいたんですけど…実家で暮らしていたから。でも親なんていつまで生きてるかわからないしとかって色々思うと、そのうち暮らせなくなるだろうと思って…このままバンドとかやり続けたりとか、やりたいことやるんだったらお金が足りないかもしれないと思って。ちょっと1回金を稼げるようになろうと思って頑張ってた時期、転職したりとかしてがむしゃらに働いてた2年間くらいはバンド全然やってなくて。自分の中で計算したんですよ。いくらあれば出来るって。その金額を達成して、あぁ大丈夫だからまた始めようって感じでまた始めました。






メンバーチェンジ


ベースの子もやっぱりライフスタイルが変わってくるからいなくなって。まぁ…ひとりぼっちになっちゃったなみたいな。ドラムは途中途中でメンバーになってくれた人とかいたけど、基本的にヘルプで叩いてもらってたので。30ちょいくらいですかね。その子の最後のライブがTHE TACHOMETERSってバンドの企画のライブで、一緒に出てたのがTHE HAVENOTSってバンドで2つとも本当に長いことメンバーチェンジとかあってもやってるバンドだったんですよね。私にとってはその子とやる最後のライブだったからおセンチな感じだったんですけど、彼らのライブを観てたらメンバー変わってでもやってるから…。止めようかなとも思ってたんですよ、正直。もう少しやってみようかなと…。今のベーシストのセクシーさんとは当時会社の先輩後輩で、セクシーさんが先輩で私が後輩なんですけど。元々私がその会社に入る時から人事の人に、うちバンドやってる人とかいるから働きやすいですよみたいな感じに言われてた。多分人事の人からすると似てる感じの人みたいに思われてたみたいで。まぁそっから何年も何年も別々に仕事してて一緒にバンドやるとかそういうことではなかったんですけど。ベースの子がいなくなってちょっとして、ベースどうしよう…みたいになってた時、私が会社の出し物でやれって言われてやったブルゾンちえみのモノマネのクオリティがすごく高くて、それを見たセクシーさんがええやん!みたいになって俺ベース弾くよって言ってくれてから弾き始めてもらった。



レーベル運営


リリースはアルバムとかシングルとかミニアルバムとかコンピとかあると思うんですけど一応プチ目標としては何かしらは絶対年に1回って思っているんですけど、でもやっぱりアルバムみたいになると大変で…今年久々に本当にフルアルバムと言える曲数のやつ出せたけど、その前は多分5年前とか6年前だし。お金が貯まってきたらみたいな感じになっちゃうんですけど。今円安で海外プレスが高いのもなかなか…って感じです。レーベルは私が全部やってますね。GLITTER RECORD INDUSTRYっていう。他にやりようが無かっただけなんですけど…自分たちで出すしかなくてじゃあやるわ〜みたいな感じになっただけなんで。アルバムが2枚とミニアルバム1枚と7インチ1枚で4枚出してます。






結婚や出産について


そうやっていなくなってた人もいれば、終わって戻ってくる人もいたりとかするし、どっちもすごくパワフルで素敵だなと思うんですけど、私自身はあんまり子供を作って…とかっていうことに時間を割くことは魅力的に思えなかったタイプなので、多分これまでもこれからもそういうふうにしないし、自分の人生というかなんだろう…バンドやっていくんだろうなっていうのは思います。上手いこと両立してやってる人もいたりするから、多分出来ないこともないと思うんですけど、まぁ自分がそうしたいかしたくないかだと思います。パートナーの方の理解とか、そういうのは全般ある前提だと思いますけど。子供がいる場合って日本の制度的に結婚した方がやっぱりその子にとって色々と有利になることがあると思うから良いかなって思うんですけど、そういうことがない場合って、あんまりそんなにする理由がないのかなって思っちゃうから、私はそんなに結婚をしたいと思ったこともないし、しなくて良いんじゃないかなって思っちゃうタイプです。私、別に子供を産めないわけでは全然ないんですけど14歳くらいから持病があって慢性腎臓病なんですよ。将来的に絶対人工透析をするっていうふうになっていくんですよね、慢性腎臓病の人っていうのは。いつ透析になるかわからないって感じなんですけど。別に子供を産もうと思えば全然産めるんですよ。ただその透析になるタイミングが、一応子供を抱えるってことはそれなりに腎臓に負担がかかるから早まるリスクがあるみたいな。私は一方でバンドをすごくやりたくて。バンドってやっぱりまぁ不摂生するから…まぁこれは自分が悪いんですけど(笑)だから私の健康寿命は子供の為じゃなくて自分の為にって、結構なんか分かりやすく人生を決断出来ちゃった。これは意思決定としてポジティブなんですけど、あんまり人の参考にはならないやつ。他の人に置き換えた時にじゃあ自分はどうなんだろうって思える訳でもないから、あんまり会社の後輩の子とかには言わないんですよね。そういう話じゃなくて単純にバンドに自分の人生使いたいか、子育てに使いたいかの天秤で私はバンドを選んだよってぐらいの話しかしないことも多いです。私はなんかラクしたなって思うんです、意思決定に。ぶっちゃけ散々悩んでもイチゼロで多分ゼロにしただろうなと思うんですよ。それが理由でゼロに一気にパッと振れたのは悩む時間を無駄に使わなかったようにも思うし。自暴自棄じゃないけどもういいやと思って調べて無かった時代がすごく長かったんですけど…幸い医学が進歩してたんですよ。頻繁に調べてるとこんな良い薬出てるんだとか、こんな治療法あるんだとか本当にあるんですよ。だから不治の病の人はそういうふうに言われても絶望じゃなくて本当ちゃんと調べた方がいい。





仕事との両立


結論から言ってしまうと両方があったから両方が上手くやれてるっていう感じに近いんですよね。バンドがあるからこそ息抜きも出来るし、そっちに対して頑張るものが仕事に還元されるし。逆に仕事の中でバンドの息抜きもするし、上手いこのとの相乗効果みたいなものが30代後半くらいから見えて、上手いことやれたなっていう。逆に言うとバンドが無くなっちゃうと私仕事も全然出来なくなっちゃうと思うんですよ。なんの為にやるのこれ?みたいな感じ。上手いこと両立出来てるなって理解出来た。あんまり相反するものじゃないんじゃないかなっていうふうにも思います。ただ、めっちゃ売れっ子になったら全然違う話だからアレなんですけど。少なくとも私がバンドやってるくらいの感じだと、ちょうど良い感じ。


これからの目標


単純に曲を作るみたいなことでいうと、常々変わってたくさんあるんですよ。今までやってなかったこういうことやってみようとか。わかりやすい目標で言うと私たちが作った曲が色んな人に聴いてもらって最終的には良いと思ってもらうのがすごい嬉しいんですけど、そのための活動の一環として今までだと日本国内であちこちライブに行ったりとかもしたけど、せっかくコロナ禍も落ち着いたし海外とかにも行ってライブができたら良いなっていうのはむちゃくちゃ常々思っていて、なんとかやりたいなって思っています。


20年後の自分


音楽ってなんとなく若いうちじゃないと売れないとか思われてるとこもあると思うんですけど、死ぬまで成長期みたいな感じでウチのバンドもどんどんよくなっていくし、私自身もそういうふうになっていきたい。若くないとダメだみたいなやつ本当にちょっとつまらないなって思っていて、だから…20年後はまるで違う自分でいたいですね!あいつ誰?みたいな!くらいのが面白いかもしれない。止め時を失ってますよね(爆笑)









インタビュー・撮影:Pankin